救えなかった命

 3歳児の男の子が、母親の内縁の夫(同居人)に、長時間熱湯を浴びせられ、亡くなった事件は衝撃的でした。その子がどんなに痛くて、どんなに辛くて、どんなに悲しかったか考えると、心が潰れそうになります。今朝、実の母親も生まれた時から虐待をしていたという報道を聞きました。もう言葉がありません。どうすればよかったのでしょうか、何を変えればいいのでしょう。


 何度もブログに書いていますが、児童虐待は年々増加し続けています。子どもは自分で訴えることができません。誰かが気づかなければ、今日もどこかで幼い命が亡くなってしまうかもしれないのです。


 児童虐待の影にはDVが潜んでいることも多く、家族全体の問題でもあります。世間で注目された2018年3月に東京都目黒区で5歳の女の子が亡くなった事件も、2019年6月に札幌市で2歳の女児が亡くなった事件も、その裏に夫から妻へのDVがありました。全国私立保育園連盟が発行している保育通信10月号、ルポライター杉山春さんのDVの記事を紹介します。

 

 長年DVに関わって来た臨床心理士で原宿カウンセリングセンター初代所長の信田さよ子さんは、

「DVとは、『状況の定義権』で、その共同体がどのような価値観を持つのかを定義する人がその共同体の権力者だ。例えば、夫が一方的に家族の価値観を決め、そのようにふるまうように、家族全員に強要することがDVということになる。」


 夫が決めた価値観・・・例えば、家庭に外から金を取ってくる者は偉い・・・という価値観がその家庭で大前提であれば、平気で「誰が飯を食わしてやっていると思うのか」という言葉が夫の口から飛び出す。権力を持つものが、ある価値観を家族に向けて語り、家族のメンバーは反発しつつも、その言葉を肯定しつつ、その価値観が成立する方向で行動してしまう。それがDV下にある家族だ。


(中略)「パワー(権力)の中にいる家族は、その家族の中で最も小さい存在にさらにパワーを向ける。その存在は、その家族の構成員の誰もが痛めつけていい存在になる。

 家族の中の価値観を決める権力を持つ者が家族全体を支配し、一番弱い者にその権力が向けられると虐待に歯止めをかける者は誰もいなくなり、エスカレートの一途を辿るようになるということです。それは、私たちの身近で起こっていることかもしれません。ストップをかける者、ストップをかけられる仕組みはないのでしょうか。


 今回のケースにDVはなかったのかもしれませんが、一番弱い者にパワー(権力)を向け、それが日常化した結果であることに変わりはありません。


 何も解決策は見つけられないのですが、リスクがある家庭の子どもは、行政の力で、必ず保育園に通わせてほしいと思います。子どものこと、母親のこと、父親のこと、同居人のことを知っている人がいることで家族のパワーバランスに少しでも変化をもたらすことができればと願います。