正しく怖がる
福岡では、5月8日に新型コロナウイルス感染症の新規感染者が500人を超え、今週水曜日には緊急事態宣言が出されます。変異株のウイルスは、子どもや若者も感染しやすいという話を聞くことも増え、怖さを感じます。
全国私立保育園連盟の保育通信5月号で、お茶の水女子大学名誉教授の榊原洋一先生が『変異株、何が怖いのか?』というタイトルで書かれたものをご紹介します。
ウイルスの変異とは?
ウイルスには細胞がなく、DNA(あるいはRNA)の周りをタンパク質や脂質の膜で包んだだけの単純な構造をしています。ウイルスは、感染した他の生物の細胞の中で増殖する時に、DNAあるいはRNAが裸の状態のままであるために、化学反応を起こして簡単に変化(変異)してしまいますが、その変異を修復する仕組みが未熟です。そのために、DNAやRNAの変異が約2週間に1回という高い頻度(人のDNAの変異頻度の100万倍)で起こっています。
変異が起こると、変異のためにウイルスの性質が変化しますが、変異の起こり方はランダムなので、感染力が弱まったり、なくなったりすることもあれば、逆に感染力が強くなることがあります。
なぜ、今になって変異株が騒がれるのか?
その理由は単純なことで、最初のうちは、ウイルスに起きた遺伝子の変異を検査していなかったからです。症状や感染の仕方から、ヨーロッパで流行った新型コロナウイルスは武漢市のものとは違うことは予想されていましたが、それらが変異ウイルスであることが分かるようになったのは、ウイルスの遺伝子配列を端から端まで調べるようになってからです。
新型コロナウイルスは、周りにたくさんの突起(トゲ)のあるボールのような形をしています。このトゲ(スパイク)には重要な働きがあります。このスパイクが、人の細胞の表面にあるレセプターと呼ばれる部分と結びつくことで、感染が起こるとされています。新型コロナウイルスのスパイクと結びつく人の細胞表面のレセプターは、ACE(アンジオテンシン変換酵素)と呼ばれるもので、肺、血管、心臓などの細胞表面にたくさんあり、血圧調整に関係した働きがあります。子どもが新型コロナウイルスに感染しにくく、感染しても比較的軽症が多いのは、子どもではACEが大人に比べて少ないからであると考えられています。
スパイクは、人の細胞に感染する時にレセプターに結びつく場所です。そこに起きた変異によって、変異型ウイルスでは従来の新型コロナウイルスより効率よく結びつくことができるのです。変異ウイルスの共通の特徴は、従来の新型コロナウイルスより感染しやすい(広がりやすい)ということです。英国型は感染しやすさが従来の1.25~1.4倍、ブラジル型は1.4~2.2倍、南アフリカ型は約4.5倍とされています。
変異型にワクチンは効果があるのか?
こうした変異型の新型コロナウイルス感染症の広がりの前に不安が増すばかりですが、明るいニュースもあります。それは、変異型の新型コロナウイルスに対しても、ワクチンの効果があるからです。ワクチンの効果は2つの事実から明らかです。
1つは実験室のデータです。新型コロナウイルス感染症に罹ってしまった人とワクチン(モデルナ=ファイザーワクチンと同じmRNAワクチン)を接種した人の血清中の中和抗体(新型コロナウイルスを予防する能力のある抗体)を調べると、従来型のウイルスに対してだけでなく、英国型の変異ウイルスに対する中和抗体も感染を予防するのに十分なだけできていたのです。つまり、ワクチンは変異型のコロナウイルス感染を予防する、あるいは罹っても軽症に抑える効果があることが証明されたのです。この研究では英国型以外の変異ウイルスへの中和抗体も測定していますが、それも高い値を示していました。
さらに明るいニュースは、現在の新規感染がほぼすべて英国型変異ウイルスであるイギリスでは、新規感染者数が最盛期には1日に6万人もいたのに、国民の約半数がワクチン接種を終えたためにその数が現在2500人にまで激減してきていることです。つまり、ワクチンに英国型変異ウイルス感染を防ぐ力があることが実地に示されたのです。すでに国民の約60%が2回のワクチン接種を終えたイスラエルでは、最盛期の1日9000人の新規感染者はわずか200人まで減少しています。
ワクチン接種が国民のわずか1%前後に止まっているにもかかわらず、1日の新規感染者数が4000人と日本はそれなりに頑張っていますが、ワクチン接種が進めば、たとえ一時的に変異ウイルスによる新規患者数が増えるとしても、近いうちに激減すると思います。
今は、早くワクチン接種が国民に行きわたることを祈念するのみです。
とても長い引用になってしまいましたが、事実を正しく理解することの大切さを感じました。不安をあおり、いたずらに人の関心を惹こうとするような報道もあります。現在起きていることを正確に知り、冷静に対応したいと思います。
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