恩人

短大の幼児教育課を卒業して、2年間私立幼稚園で働きました。知能教育に力を入れている園で、運動会や生活発表会にかける時間や労力もかなりハードでした。子どもが降園してから、掃除・職員会議・送迎バスの掃除・明日の保育の準備等遅くまで残業した後、家に帰って担当クラスの仕事をしなくてはいけませんでした。まだまだ考えが甘かった私は、2年間で幼稚園教諭を辞めました。

 その後企業で働いたものの、やっぱり子どもに関わる仕事がしたいと思い、働きながら保育士資格を取得するために勉強を始めました。その頃、妹の知り合いで保育園を経営する神主さんから、資格がなくてもいいから働いてほしいというお話があり、保育園で働くことになりました。無事資格を取得したのですが、園長である神主さんは、とても口が悪く、いつも「やぶれ保母が!」と叱られていました(今だったら、セクハラで訴えられそうですが・・・)。怖がられながらも、みんなから慕われていたのは、園長の福祉に対する姿勢が尊敬されていたからだと思います。

 当時、その園は社会福祉法人ではなく、園長がご自分の給与全てを施設の改築、増築する費用に充てていました。工事中は、工事の人に混じって、朝から夕方まで一緒に汗を流していらっしゃいました。園長先生の奥さんが、「工事の人には迷惑だと思うけど、じっとしていられないからね」とよく話されていました。険しい顔の園長でしたが、子どもが話しかけると、にこっと表情がゆるみ、見ている私達も一緒に嬉しくなったものです。

 保育については、素人(ご自分でおっしゃっていました)でしたが、人としてたくさんのことを教えて頂きました。保育園は児童福祉施設だから、お金儲けをしてはいけないと、保護者の方に寄付や規定以外の負担を求めるようなことは一切されませんでした。

 園長先生がお亡くなりになった後は、息子さんが後を引き継がれ、私は昨年10月までその法人(平成13年に社会福祉法人になりました)の園でお世話になりました。振り返ると、甘い考えだった私に、働くこと、福祉とは何かを教えて下さった人生の恩人だと思います。

 先代の園長先生から教えて頂いた『人のために尽くす』これからの私の課題です。

『りんごの花保育園』開園まで57日

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