その子らしく育つ

先週、研修を受けに行って、いろいろ考えさせられました。ある保育園の事例をもとに、考察したり対応を考える研修でした。

事例は、保育士2年目の先生がベテランの先生と一緒に28名の4歳児クラスを担任し、その中に2人の気になる子がいるというケースでした。Aくんは、言葉が遅く、保育室を飛び出してしまうことが度々あり、新任の先生がその度に連れ戻し、長々と話をしたり、叱ったりしているが状況が変わらない。お母さんは教育熱心な人で、話をすると、「先生のやり方が悪いんじゃないですか?」と言われる。


 もう一人気になるBくんは、理由もなく急に怒って友達とトラブルになったり、廊下にごろごろと寝そべったりしている。Bくんの母親はひとり親で朝から晩まで働いていて忙しく、お迎えの時にBくんが話しかけても無視することもあり、生活するのに精いっぱいで、就寝時間も不規則である。担任がお母さんに話をしようとしても、耳を貸してくれない。Aくんも、Bくんもトラブルを起こすので、他の子は関わるのを嫌がり、保護者からのクレームも増え、新任の先生は、クタクタで朝出勤するのも嫌になっている。


 ・・・というような事例でした。講師の先生が言われるように、気になる子どもやお母さんが増えていて、担任の先生たちは、対応に苦慮していると思います。気になる子の特性を理解し、その子に合った対応をするために、発達検査をすることも有効だと思います。


 でも、話を聞きながら、全ての子どもに同じように行動することを求める今の日本の保育自体に疑問を感じました。個人差、年齢差、家庭環境がこんなに違うのに、10時間も11時間も集団の中で行動することを求められる子ども達に、もっとゆったりとした時間や場所をつくってあげなくてはいけないのではないかと思います。


 AくんもBくんも、クラスに自分の居場所がないのではないでしょうか。自分らしくいられる場所や安心できる場所があれば、もっと違う時間が過ごせるのではないかと思います。AくんやBくんがいつも叱られる姿を見ている子ども達は、AくんやBくんをどう見ているのでしょうか?


 叱られるAくんやBくん、子ども達を叱ってばかりいる先生、友達が叱られている姿を見ている子ども達、誰もが嫌な思いをしていると思うと、いたたまれない気持ちになりました。


 発達障害が社会に広く認知されるようになって、その発見や対応にばかり目が向けられ、ひとりの子どもがその子らしく育っていく姿をゆっくり見守るという視点が置き去りにされているような気がします。「急いで」「普通に」育てようとする風潮を変えることはできないのでしょうか。

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