頼もしくなりました

今日の午前中は、壱岐公園まで歩いて行って運動会の練習をしたりんご3組(5歳児)の子ども達。組体操をして、全身砂まみれでしたが、帰りも元気いっぱい歩いて帰って来ました。 それから給食を食べて、しばらくすると、神社に向けて出発。虫取りや田んぼのあぜ道でリレーの練習をしたそうです。その後は、近くのグループホーム『さくらの家』さんにおばあちゃん達を訪ね、玄関越しですが(コロナウイルス感染防止のため)、ゲームをしたそうです。子ども達手作りの糸電話で話すと、とても喜んでくださったそうです。 予定通り、14時半位に園の前の道路を帰って来ていたのですが、そのまま素通り・・・どこに行ったのかと思ったら、今日で最後の勤務になる給食の先生にプレゼントをする花束を取りに行ったそうです。主任のA先生が、「お花を取りに行くけど、どうする?」と訊ねると、「行く~!」と言う返事が返ってきたので、みんな揃って少し遠いお花屋さんに行ったそうです。 さすがに園に戻った直後は疲れた様子だったらしいのですが、おやつを食べる時には回復して、楽しそうに食べていました。今日一日で、何キロ歩いて、どれだけエネルギーを消費したのでしょうか。夕方も、園庭で遊んでいる姿を見ると、少しもパワーは落ちていませんでした。 小学校就学前の子ども達は、心も身体も急激に発達します。体力だけでなく、心も発達し、相手の気持ちを察することもできるようになっていきます。頼もしくなったりんご3組の子ども達を見ながら、開園当初3歳児で入園した頃を思い出しました。お家の方と離れるのが寂しくて何ヶ月も泣いた子もいて、大丈夫かな~?と心配したことがウソのようです

新年度入所に向けて

10月19日から新年度入所申込書の配布が始まります。コロナウイルスのために、春以降、見学の方が少なかったのですが、先週から、毎日のように見学に来られています。ほとんど0歳児のお子さんですが、今年の3月生まれまでのお子さんは1歳児クラスになり、4月以降であれば、0歳児になるので、1ヶ月の差でクラスが分かれます。 今日見学に来られたお子さんも3月生まれだったので、0歳児クラスの子ども達が歩いたり、自由に探索する姿を見て、同級生なのにこんなに成長が違うと思われたようです。年齢が小さければ小さいほど1年の差は大きいですね。 見学に来られたお母さん方は、育児休暇明けに保育園に預けたいと思ってあるようですが、年度途中の0歳児、1歳児の入所は難しいようです。りんごの花保育園も、今年度4月は0歳児が2名しかいませんでしたが、途中で入所され、現在は定員の6名になりました。 育児休暇明けの入所は、その時に保育園が空いているかどうか分からないので悩ましいですね。お子さんが生まれてすぐは、育児が忙しくてなかなか保育園入所についても気持ちが向かなかったことでしょう。 福岡市は、保育園を5カ園見学することを勧めていますが、お子さんが小さいと外出も難しいですよね。今年はコロナウイルスのために、なおさら外出をためらわれるのではないでしょうか? 保育園側としては、ぜひ見学に来て、園の方針や子ども達の日々の姿を見て保育園を選んでほしいと思っています。保育方針や保育目標に沿って保育活動があり、先生達の子ども達への関わり方、環境設定(保育室の在り方)の方向性が決まります。それによって、子ども達の姿も変わるので、自分の

偏食の克服

今日の給食は納豆汁でした。実は、初めての納豆汁です。福岡市の共通献立を利用しているので、これまでも納豆汁があったのですが、かつての経験から、納豆は汁に入れるよりも、そのままごはんに乗せた方が子ども達が食べてくれると思っていたので、納豆のまま出してもらっていました。 「一度、納豆汁を試してみよう」と、栄養士のN先生と話し合って、今日は納豆汁にしてもらったのですが、赤ちゃんから5歳児までよく食べていました。納豆が嫌いな子は、やっぱり食べなかったようですが、納豆汁には野菜もたくさん入っていて栄養満点だったので、思い込みはいけないと改めて思いました。 多くの子どもは偏食する時期がありますが、それを克服するには、おいしそうに食べている人を見ることだと思います。嫌いだからと排除するのではなく、いつか食べてくれると信じて、食卓に載せ続けることが大事ですね。 2歳児の子ども達が、おもしろい食べ方をしていました。千種焼の付け合わせとして、サラダ菜がお皿に盛られていたのですが、最初は、「食べない」と言っていたのに、誰かがサラダ菜にごはんを巻いて「おいしい」と言って食べると、みんな真似して食べ始めたそうです。山盛りのサラダ菜を食べた子もいたようで、ちょっとしたきっかけがあると食べれるようになるんだなと思いました。 1歳後半から2歳にかけて、偏食が激しくなりますが、無理やりではなく、食べようという気持ちになるような工夫をしたり、一緒に食べる友達の存在があれば、乗り越えられます。焦らずに待ちたいですね。 それにしても、福岡市の共通献立・・・納豆汁に千種焼、サラダ菜、そして白ごはんには感心させられました。

コロナ禍の授業

先週から、後期の授業が始まりました。少し、この状況に慣れて来たようで、前期ほどの緊張感はなく、学生同士おしゃべりを楽しんでいる姿も見られました。 でも、今何が辛いか尋ねると、ライブに行けない、友達と以前のように遊べない、実家に帰れない、マスクが辛い、留学していたのに、帰国しなくてはいけなくなった・・・など、コロナはそれぞれに暗い影を落としていることが分かりました。 2年間の短大生活なのに、1年間はコロナのせいで、足りないことだらけの学生生活になります。就職活動も思うようにできないと言う声も聞かれました。学生もかわいそうです。3月までにワクチンができて、例年通りの卒業式ができればいいのですが・・・。 乳児保育指導技術という授業を担当しているのですが、毎年、1枚のフェイスタオルを使って赤ちゃん人形を作っています。座学ばかりではなく、実践に役立つものをと思って取り入れているのですが、針と糸を持ったことがない学生もいて、毎年驚かされます。 玉結びができない、波縫い、返し縫いがわからない・・・と言われて心配になりますが、今の時代針や糸を使わなくてもあまり困ることはないのでしょうね。でも、保育園では、手作りおもちゃを作ることが多いので、『やればできる』という経験をしてほしいと思っています。 子ども達は、手作り人形で良く遊んでくれます。手触りが良く、温かさを感じ、大きさが子ども達の小さな手になじむのでしょうね。自分が作った人形で子ども達が遊んでくれる姿を見ると、作る時の大変さを忘れてしまいます。面倒だな~と思いながら取り組んでいる学生も、作り始めると、それぞれ工夫をして、世界に一つしかない人

選択

京都大学大学院教授・発達科学者の明和政子先生は、私たちヒトは、他者・社会と強く結びつきながら進化してきた生物であり、他者・社会の中でしか生存することができないと言われています。 コロナウイルス禍で、人との接触を極力避け、特に身体的なコミュニケーションを止められた今、心が傷ついてしまうのは当たり前のことです。私たち大人は、今までの蓄積がありますが、成長・発達の最前線にいる子ども達がそれを止められてしまっているのですから、大きなダメージを負っていることは明らかです。 実は・・・保育園にいる間、子ども達は濃厚なコミュニケーションを取っています。批判されることかもしれませんが、子ども達に、「離れなさい」「くっついてはいけません」ということはできません。人にくっつく・・・これは本能ですから。 大きなストレスを感じると、人は2つの道を取るそうです。一つは、人を攻撃するようになる・・・マスク警察や自粛警察はそんな心の表れでしょう。 もう一つは、自分を客観視する・・・自分は他人の目にどう映っているのだろう、自分のふるまいは他者にどのような影響を与えているのだろうと外側から自分を見つめることができ、今の状況を変えるための発想の転換ができるようになるそうです。 人を責めながら生きるのか、発想の転換をして前向きに生きるのか、どちらの道を選びますか? 狭い考えに陥ると、人を責めたり、自分を責めたりして、生きるのが辛くなったり、楽しく生活することができなくなってしまいます。それは悲しいですね。 外側から自分を見つめ、自分はどうふるまえばいいのか、今の状況を変えるためにはどんな行動を起こせばいいのか考えら

ストレス

昨日の職員勉強会では、コロナ禍で、先生達がストレスを感じていることについて一人ずつ話してもらいました。 ご高齢のおばあちゃんと同居している先生は、感染のリスクを減らすためにあまり関わらないようにしていたら、おばあちゃんに「あんたに嫌われてしまった」と泣かれたそうです。 他県に実家がある先生は、帰省しようとしたら、「帰って来ない方がいい」と言われて、「会いたいのに」と悲しそうでした。 もし、自分がコロナウイルスになって、保育園の子ども達に感染させてしまったらと思うと、全然外出できなくなってしまい、家族にも外出を制限していることが辛いと話してくれた先生もいました。 他の先生も、体調が悪い時、感染していたらと思うと生きた心地がしなかった、これがまだずっと続くかと思うと本当に辛いと話してくれました。次々に出てくる辛い、悲しいと思っている話を聞きながら、こんな思いを抱えながら、先生達が毎日にこやかに子ども達に関わってくれていたことに気づかされ、胸が熱くなりました。 今回、コロナウイルスでストレスを感じていることについて話してもらったのは、私自身がコロナ禍にいることがだんだん辛くなり、他の先生はどう感じているのか知りたかったからです。そして、みんなで今の状況を共有し、今後何ができるか考えたいと思いました。 りんごの花保育園では、保護者会役員さんのご協力のおかげで、なつまつりができ、短縮プログラムながら、運動会も予定通り実施するのですが、それでも今までと違って我慢していることはたくさんあります。 日々、子ども達と触れ合い、関わり合っているものの、誰もがストレスを感じているのは明らかです。 先

学びの夏

久しぶりの職員勉強会でした。7月の勉強会の時に、次回の勉強会では、主体性を尊重した保育活動を行うために、どんな環境を準備し、その中で子ども達が何を学んだかをドキュメーテーション(写真や文字を使った記録)等を通して伝えてほしいとお願いしていたので、楽しみにしていました。 2歳児は、6月から8月の間、「色」をテーマに様々な活動に取り組んだ結果、子どもたちが気づいたことや、その中で成長していった子ども達の姿を記録にとって発表してくれました。 「色」に興味を持ち始めた子ども達は、絵の具で色水を作ったり、混ぜ合わせて色の変化に驚いたり、霧吹きの水でコーヒーフィルターについた絵の具が滲む様子をじっくり観察していたそうです。 言葉が増えたり、友達同士伝え合ったり、積極的に自分の意見を言えるようになった一人一人の成長についての話も興味深かったです。 未だに、2歳児保育には教育がないと言われることがありますが、そんなことを言う人達に、子ども達が発見したり、考えたり、観察している姿を見てほしいと思います。じっくり見る、考える、発見を伝え合う、前回の経験を活かす・・・先生達が願いを込めて環境を準備し、活動を展開していった結果です。これが教育でなくてなんなのでしょう!? りんご組(3・4・5歳児)は、マーブリングや氷作りの活動をドキュメーテーションで報告してくれました。本の通りにやってみて失敗したこと、リベンジして成功した話を聞いた先生達が、「失敗できるっていいね。」と言っていました。 失敗すると、なんでうまくいかないのだろうと考えます。次は〇〇しようと工夫します。友達に聞いたり、よく知っていそうな人

少子化

秋が駆け足でやって来ました。朝晩の寒暖の差が激しいので、鼻水や咳が出る子が増えてきて、熱を出さないか心配です。これからコロナウイルスとインフルエンザ、似たような症状を持つ疾病への対応にもしっかり目を配らなくてはと思っています。 4(3)連休明けの今日、おうちの方と離れがたい2歳児もいましたが、りんご組(3・4・5歳児)の子ども達はみんな友達に会えたのが嬉しいようで、朝から「〇〇ちゃん、おはよう!」と自分から声を掛け、元気に走り回っていました。 私も4日ぶりの保育園だったのですが、子ども達の顔を見ると元気が出ます。子どもの持っている力は偉大です。子ども達の傍にいられるのが当たり前のようになっていますが、感謝しなくてはと思いました。 敬老の日、日本の年齢別人口分布を聞いて愕然としました。高齢化がますます進み、確実に超高齢化社会に突入しています。日本人が100人いるとすると、0歳~14歳が12人、15歳~64歳が60人、65歳以上が28人ということになります。子どもが少なすぎます。日本の未来は大丈夫でしょうか。 高齢化が進むと、社会から活気がなくなります。若い人に税金の負担が重く乗しかかるでしょう。過疎化が進み、行政サービスが低下するかもしれません。高齢化(少子化)は、社会の在り方を大きく変えてしまう大問題です。 子ども達は未来の形そのものです。社会全体が、もっと子育てや子どもに関心を持たなくてはと思います。菅総理大臣は、不妊治療への助成を早々に打ち出していますが、少子化を止めるためには、更なる施策が必要です。 どうすれば、子どもがいる生活に夢や生きがいを感じてもらえるのでしょうか。

敬老の日

昨日は敬老の日。日本のみならず世界一の長寿は、福岡市にお住まいの117歳のおばあちゃんだそうです。大好きなコーラを飲んでいらっしゃる姿に、元気をもらいました。 りんごの花保育園では、コロナウイルスのために、予定していたグランパ・グランマの会を中止しました。ニュースでも報道されていましたが、高齢者施設などに入所されていると、コロナウイルスのために面会ができない方がたくさんいらっしゃるそうです。寂しいことでしょう。 昨年は、グランパ・グランマの会のために、遠くから来てくださったおじいちゃん、おばあちゃんもいらっしゃいました。お散歩に行ったり、白玉団子作りをして、友達と一緒に過ごす子ども達の姿を、目を細めて嬉しそうに見ていらっしゃったおじいちゃん、おばあちゃんの姿が印象的でした。今年も楽しみにしてもらっていたと思いますが、本当に残念です。 実は、グランパ・グランマの会は、りんごの花保育園になって始めた行事です。私情を交えて申し訳ないのですが、自分に孫ができて、こんな会があったらいいなと思って取り入れました。その立場になって、わかるものなのですね。もっと早くから取り入れていたら良かったと思います。 今年度は、何か他の方法で、子ども達の成長を伝えたいと思い、子ども達が書いた絵や手紙、写真などを送ることにしました。先週の金曜日に、りんご2・3組の女の子達がポストに投函してくれたので、きっと今頃はお手元に届いていることでしょう。 疎遠になっているご家庭もあるかもしれないので、この手紙が架け橋になってくれると嬉しいです。

繋がる

コロナウイルスのため、人と関わる機会が減って、長期間、いつ終わるかもわからないと思うと、寂しさや不安がボディブローのように、だんだん身体に沁み入って来てダメージを感じます。 前出した保育通信に、コロナウイルスのために登園自粛が長く続く東京の保育園で、子ども達に励まされるエピソードが掲載されていました。 「コロナウイルスで、お友達がたくさんお休みしていて、ずっと会えないね。」と担任の先生が問いかけると、「うん。〇〇ちゃんと遊びたいのに、もうずっと遊んでいないからつまらない。」「早く〇〇ちゃんに会いたい。」口々に子ども達から友達に会えない、遊べなくて寂しさを感じている言葉が出て来ます。 「寂しいね。」と先生は共感しながら、「みんなとなかなか会えないけど、みんなと仲間だね、繋がっているよねと思えるにはどうすればいいと思う?」と問いかけると、しばらく考えていたMちゃんが、「心の中に友達のお家を作ればいいよ。」と答えます。 少し前、子ども達に、「いつだってともだち」という絵本を読んだそうです。仲良しの友達と離れ離れになり、寂しくて悲しくてどうしようもないゾウが、物知りのフクロウに、こんな時はどうすればいいか尋ねます。 フクロウは、「おまえにできることは、3つある。1つ、悲しい時には我慢をせずに泣くこと、 2つ、悲しい気持ちを誰かに話すこと 3つ、心の中に部屋を作ること・・・そしたら、会いたい時、いつでも訊ねて行って会うことができるじゃないか」と教えてくれます。 Mちゃんは、その絵本のことを覚えていたのですね。会いたいけど会えない・・・でも、心の中では繋がっていて、会いたい時にはいつでも会

信頼関係

人との信頼関係を築くのは大変だけれど、壊れるのは簡単だと言われますが、子どもと大人の関係においても同じだと言うことに気づかされました。 京都大学名誉教授の鯨岡峻先生が、今月の保育通信(全国私立保育園連盟発行)に、保育者は子どもが自分の言うことを聞いてくれたり、何かできたら褒めると、それで信頼関係が築けたように思ってしまうが、それは保育者の一方的な思い込みで、信頼関係は一朝一夕に築けるものではないと書かれていました。 鯨岡先生が研修で、「子どもとの間で、信頼関係はできていますか?」と訊ねると、多くの保育者は頷くそうですが、「信頼関係は、子ども達と先生の間にあるものではなくて、子ども一人一人と先生との間に成り立つものです。どの子も心の中で『先生大好き』と言っていますか?」と問いなおすと、みんな下を向いてしまうそうです。 保育者が信頼関係を築けていると思っていても、一人一人の子どもが自分は大事にされている、愛されていると思っていなければ、信頼関係は築けないのですね。 時には子どもと気持ちがすれ違って、信頼感が揺らぐことがあっても、それを乗り越えられるような気持ちが通い合う経験を何度も繰り返しながら、信頼関係は長い年月をかけて築かれていくもの・・・とも書かれていました。 「この人だったら大丈夫」子どもにそう思ってもらえるには、日々の関わりの中で一人一人の思いに寄り添いながら、時には手を出したり、温かく見守り、「あなたが大好き」「あなたのことを大事に思っているよ」と言う気持ちを伝えていくことが大切なのだと思います。 相手が子どもだと、すぐに信頼関係が築けていると思い込んでしまうのはなぜで

自己嫌悪

昨日、子どものウソについてブログに書いた後、自分の未熟さに気づき、自己嫌悪に陥りました。 私達は、時々、子どもの行動や保育者としての自分の関わりを記録し、子どもの気持ちを考察したり、自分の関わりが適切だったかどうか振り返るために、エピソード記録を取るのですが、書くことによって子どもの気持ちや、その時気づかなかった自分の気持ちに気づくことがあります。 ブログを書きながら、30年以上前のことを思い返し、気づいたことがたくさんありました。 その頃、私は最初の子を妊娠して、もうすぐ産休に入る時期になっていました。妊娠しているからと言って甘えてはいけないという気持ちが強く、他の先生の手助けも断り、がむしゃらに動いていました。 当時の園は器楽演奏に力を入れていたので、難しいリズム打ちや鍵盤ハーモニカなどを教え込むのに必死で、子ども達の気持ちには全然向き合っていなかったと思います。 Aくんが、いじめられて辛くても、余裕がない私に話す気持ちにはなれなかったでしょう。いじめた子ども達も、大きなストレスを抱えていたのかもしれません。何かを教えて、それができると褒めるような保育者には、信頼感を持てなかったと思います。 クラス内でいじめがあったり、Aくんがウソをついたのも、未熟だった私の責任です。長い年月が経って、気づいたことの大きさに打ちひしがれていますが、一人一人の子どもを大切にする保育の意味や重みを改めて噛みしめているところです。

子どものウソ

子どもはウソをつきます。いろいろな思いでウソをつきます。◯◯になればいいなと思って話したことが、大人にはウソをついたと思われることもあります。 叱られたくなくて、自分を守るためにウソをつくこともあります。必死になってつくウソです。でも、大人は、子どものウソに対して敏感ですね。小さい頃からウソをつくと、大人になってからもウソをつくのではないかと心配だからでしょうか。 「怒らないから、本当のことを言って」と言われて、本当のことを話したら、ひどく叱られたというのもよくある話です。 保育園に勤めて2、3年経った頃、子どものウソで、とても悲しい思いをしました。 5歳児の担任をしていた時、Aくんという身体が小さい男の子が、女の子達にいじめられていたことがありました。それを知ったお母さんは、当然ながら、ものすごく怒られました。 Aくんのお母さんの話から、クラス内でそんなことが起きたことを知った私は、ショックで身も縮む思いでした。 「今後は、しっかり子ども達のことを見ます」とお母さんにお話しした2、3日後の夜、主任の先生から電話があり、A くんのお母さんから、お怒りの電話が掛かってきたことを知りました。 急いでAくんの家に行くと、小学校教諭であるお母さんに、すごい形相で問い詰められました。 「今日も、Aは友達にいじめられて、それを先生に言ったのに何もしてくれなかったと言ってます。どういうことですか?」 Aくんについて、私自身も神経質になっていたので、Aくんからそんな話を聞けば必ず対応したはずです。いくら思い返しても、Aくんからそんな話は聞いていません。 何でAくんがそんなウソをついたのかわかり

百聞は一見にしかず

今日は、9月の誕生会でした。蝶ネクタイをつけて司会をするりんご3組(年長児)の姿もだんだん板についてきました。今年度から、年長組の子ども達が司会をするようになったので、『子ども主体』が少し進みました。 誕生児の子ども達は、みんなの前に出てインタビューに答えるので、恥ずかしがったり、よそを向いて照れ隠しをしていますが、きっと胸の中はドキドキして嬉しさでいっぱいだと思います。 先生たちからのプレゼントは、紙皿で作った動物を操り人形にした楽しい劇でした。もうすぐ運動会という設定で、うさぎ、カエル、ブタが跳び箱やかけっこを頑張るというお話です。りんごの花保育園も10月10日が運動会なので、子ども達の心境と重なり、自分のことのように動物を応援したり、一生懸命見ていました。 この人形劇が心に残ったことはすぐにわかりました。誕生会の後、2階の保育室に行くと、りんご組(3・4・5歳児)の子ども達が、誕生会の担当の先生にあやつり人形を借りて、人形劇をしている真っ最中でした。 りんご3組(年長児)のKちゃんを中心に、観客役の3歳児・4歳児の子ども達もオリジナルの即興劇を楽しんでいました。 頭に浮かんだイメージを友達に伝え、一緒に楽しむのはなかなか難しいのですが、みんなで同じ劇を見た後だったので、イメージを共有しやすかったようです。見るのは大事ですね。 子ども達がすごいのは、真似をするだけではなく、自分のイメージと友達のイメージを取り入れながら、どんどん話を膨らませていくところです。 今日の誕生会と子ども達の人形劇をビデオで撮影して、玄関のところに置いているデジタルフォトフレームで保護者の方に見ても

ことば

お昼過ぎ、3歳児担任のK先生が、困ったような、悲しいような顔をして、「ちょっといいですか?」と事務所に入って来ました。 「Aちゃんが、お友達に、『ブス』、『死んでいいよ』と言ったそうなんです。」『ブス』『死んでいいよ』強烈な言葉に一瞬驚きました。意地悪な言葉を聞いたことはありましたが、これほどキツイ言葉は、りんごの花保育園になって初めてです。それも3歳児が・・・! 子ども同士で交わされた言葉なので、本当かどうかはよくわかりません。後でいろいろ尋ねてみたのですが、記憶が曖昧だったり、時系列で思い出すことが難しいので、真相はよくわかりません。でも、やっぱりこんな言葉を聞くと動揺してしまいます。 少し前、3歳児の孫が、こんなことを話してきたことを思い出しました。「ママには絶対内緒にして。わかった?」「うん、わかったよ。何?」「絶対、絶対ママには言ったらダメだよ。」「うん、わかった、言わないよ。」「あのね、保育園でRくんが、『殺すぞ』って言ったんだよ。」 驚いたものの、孫の保育園で見た優しそうなRくんの顔が浮かんできました。やっぱり黙っていられずに、娘に話すと、「Rくんはお兄ちゃんがいるから、そんな言葉も使うのかもね。」年上のきょうだいがいて、ゲームなどをしていると、こんな怖い言葉を頻繁に聞いてしまうのかもしれません。 孫が、絶対に、娘(母親)に話したらダメだと言ったのは、その言葉は使ってはいけないことがわかっているものの、誰かに話さずにはいられなかったのでしょう。 強烈な言葉に大人は動揺してしまいますが、意味がわからずに使っているのです。友達を傷つける言葉は絶対に使ってほしくないこと

いやだ!

りんごの花保育園の未満児クラスは担当制なので、順番にお部屋に入って担当の先生と給食を食べるのですが、毎日11時半位になると、園庭から「いやだ!」と言う声が聞こえてきます。 一番最後に食べる2歳児の子ども達です。担当の先生が、「ごはん、食べよう。」と声を掛けるのですが、その途端、待ちかまえていたように、「いやだ!」「いやだ!」と大きな声で答えます。 毎日のことなので、先生達もいろいろ工夫して声を掛けています。「今日の給食は、〇〇ちゃんの好きな〇〇だよ。おいしそうだよ。〇〇ちゃんは、おかわりたくさんしていたよ。」「〇〇をたくさん食べたら、お兄ちゃんになれるよ。早くお部屋に入って食べようよ。」 2歳児の子ども達の心に届くように、いろいろ声を掛けているのですが、子ども達は「いやだ!」「いやだ!」とそれはそれは大きな声できっぱりと答えます。なんて気持ちが良いのでしょう。こんなに「いやだ!」と大きな声で言えるのは、今だけかもしれません。 なかなかお部屋に入ってくれない子ども達に手を焼きながらも、抱っこして無理やり連れて行くなんてことはせずに、先生達は辛抱強くあの手この手で誘います。 友達と顔を見合わせて「いやだ!」と言っていた子ども達も、少しずつその気になっていき、最後は自分でお部屋に入っていきます。ホッと一安心です。 これほどはっきり「いやだ!」と言う子ども達を見ながら、先生達は大変だなと思うと同時に、子ども達がしっかり育っていることがわかって嬉しく思います。 「いやだ!」と言えるのは大事なことです。大人の言う通りにしたくないこの時期に、「いやだ!」を受け止めてもらった子ども達は、少しず

運動会のねらい

運動会まで1カ月余りとなり、練習にも力が入って来ました。毎週月曜日は、体育講師のT先生が指導をしてくださるので、りんご組(3・4・5歳児)の子ども達は生き生きと練習に取り組んでいます。 昨年のりんご3組(年長児)を憧れのまなざしで見ていた子ども達は、今度は自分たちの番だと張り切っているようです。今日は初めて園庭で跳び箱、マット、鉄棒に挑戦しましたが、T先生の話をしっかり聞きながら、今できることよりも、もっと上のことができるようになりたいという気持ちに溢れていました。 組体操は、四つん這いの姿勢になると、園庭の砂が足に当たりとても痛いのですが、誰一人「痛い」と言うことはありませんでした。「去年の子ども達は、『足が痛い』と言って最初の頃はグダグダになっていたので、今年もそうかなと思っていたのですが、最後までしっかりがんばっていました。予想外でした。」とT先生。 体育教室が終わって、子ども達に訊ねると、「痛くなかった!」「痛かったけど、がんばった!」という声が返って来ました。痛かったけど、友達と一緒だったから我慢することができたんですね。 運動会のねらいは、頑張る力を育てることと、友達と力を合わせて最後までやり抜くことです。跳び箱が8段跳べたり、逆上がりが何度もできるようになることよりも、自分に自信を持てるようになること、友達の頑張りを認めたり、一緒に喜び合えるようになることが大切だと思っています。 そんなことを考えながら、子ども達が練習に取り組む姿を見ていました。運動会までの日々、苦手だったことを乗り越えられたり、友達ができたことを自分のことのように喜んだりする姿がたくさん見られる

コロナ禍の保育

コロナ禍で、見には見えないけれど失われているものがあることを意識しなくてはということを少し前のブログに書いたのですが、京都大学教授の明和政子先生の研修会の資料をネットで見つけて、漠然と不安に思っていたことが肯定された(残念ながら)ように感じました。 明和先生は、比較認知精神科学者の立場から、このコロナ禍で、子ども達にとって必要な他者との身体接触などが制限されていることを危惧されています。 (1)ヒトを含む哺乳類動物は,他者(養育者)との ⾝体接触なしには⽣存できない (2)乳幼児期の脳発達には,他者と⾝体接触する経験が不可⽋ (3)乳幼児期の環境経験は,その後の脳と⼼の発達に直接的に影響する パワーポイントの資料には、上記のことが書かれてありますが、お話を聞いたわけではないので、自分なりに解釈するしかありません。でも、人類は、他者との密接な身体接触の中で人として成長・発達を遂げてきたのです。 密接・密集・密室を避けることがコロナの感染拡大を防ぐということですが、保育園には三密が必要です。感染リスクと子どもの正常な発達を天秤にかけた時、どちらを選択した方がいいのでしょうか。 子ども達は、このコロナ禍の中でも、一日一日成長しています。その成長は著しく、周りの影響を大きく受けます。身体的接触を抑止されたり、人との距離を取るよう促されながら過ごしているこの時期に、人として大切なものが育っていないかもしれません。 子どもは、子ども同士身体を使ってじゃれあっている時が一番脳の前頭前野が活発に働くそうです。保育園の子ども達を見ていても、じゃれあっている時は、本当に生き生きしています。 コロナ

保育の本質

好むものは売るな。 客のためになるものを売れ。 塩の辛さ、砂糖の甘さは学問では理解できない。 だが、なめてみればすぐわかる。 ~パナソニック(旧 松下電器)の創立者松下幸之助の言葉~ 今月の保育通信の最初のコラムを見ながら、N先生が、「(保育も)本当にそうですよね。」と話してくれました。 執筆者の名古屋市の園長先生が、続けて、「保護者の好む保育をするな。園児のための保育をしろ」松下幸之助が園長なら、そう言ったであろう。 私の園の先代は、「保育園を選ぶのは『保護者の観点』から」と、「保護者のための保育」であった気がする。私は、若き頃はこのことに違和感があり、「園児・保護者・保育者のバランスが大事だ!」と反発していた。 保育とは何か?教えるより、実感させること。体感させること。単純で良い。 最近は、「園児のための保育」に、保育士が動いている。この執筆で、振り返り感じたことである。と書かれていました。 ・・・私たちは、誰のために保育をしているのでしょうか。保護者のための保育であれば、便利、安価、見た目の良さが求められます。でも、私たちは未来を生きる子ども達を育てているのです。今が良ければそれでいいわけではありません。 では、子どものための保育には何が求められるでしょうか。私たちは、子どもの今と未来をみつめて保育をしなくてはと思っています。 一人一人の子ども達の今が幸せであること・・・生き生きと輝いて自分らしく伸び伸びと生活できること、そして自分が愛されている、大事にされていると感じながら毎日安心して過ごせるようにすることです。 そして、未来のために、自分に自信を持ち、他者と協力し

学び合う

今日の夜は、巡回発達相談をされている保護者の方に、園内研修の講師をお願いして、2時間ほどお話をして頂きました。コロナウイルス感染拡大で、全く研修に行くことができないので、久しぶりの研修で先生たちもワクワクしていたようです。 貴重な研修なので、いつもあまり研修に出られない先生たちに話を聴いてほしくて、私はこんばんは(延長)保育の子ども達の保育を担当しました。お話が聴けずに残念でしたが、他の先生たちにとって、良い学びの機会を得ることができて、本当に良かったと思います。 研修後の先生達は、とてもすっきりした表情で、「わかりやすかったです」「目からうろこでした」と口々に話していました。こんなに近くに講師をしてくれる方がいらっしゃるなんて、とても幸せなことです。 自宅にこもっている時間が多いこんな時こそ、本を読めばいいのですが、なかなか集中できません。背中を押してくれるもの・・・やっぱり一緒に学ぶ人がいることが大事なのでしょうね。 東京の大学は、ずっとオンライン授業で、自宅学習が続いているという報道を見ました。地方からの新入生は、学友もできず、じっと家に籠って授業を受けているそうですが、それでも授業料は減額にはならないそうです。 大学の経営からすれば仕方ないことですが、同じ授業でも身に付くものが全然違うと思います。自分だけで考えるよりも、人の意見を聞いた方がより深く考えることができますね。ディスカッション、グループワーク、ディベート・・・今の授業で行うことは難しいでしょうね。学び合うのは本当に大事です。情報量が違うので、学びの深さにも大きな差が生まれるでしょう。 コロナウイルスは、目には

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