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多様性2

違いを排除しないこと・・・それぞれの違いを認め合うことは思っている以上に難しいことです。先日ブログに書いた「〇〇べき」という意識も、自分の価値観の中に全てはめ込んでしまいたいという心の動きです。

 先日の汐見先生の話の中で、イタリアが精神病院を無くしたことを知りました。精神病院に入院しても、薬漬けになるだけで全くよくならないからだそうです。日本でも、精神病院に入院させられると、薬漬けにされ、生涯病院の中で過ごさなくてはならなくなると聞いてショックを受けました。

 薬漬けにして入院させておけば、人手もいらず、病院にとっては好都合・・・怖い話です。津久井やまゆり園で、元従業員が19人もの入所者の方を殺害した事件のことも話されていました。犯人は、重度の障害がある人は役に立たず、生きる価値がないと、多くの入所者の命を奪いました。

 役に立つとはどういうことでしょうか?生きる価値がないと誰が決めるのでしょう。

 インクルーシブ教育も名ばかりで、なんらかのハンディがある子どもは、小学校に入学するまでに普通学級、通級、特別支援学級、特別支援学校と、どこを選ぶのか決めなくてはいけなくなります。これは本当に子どものためでしょうか。どの子もみんなと同じ学校に行きたいと思っているのに、どうして分けなくてはいけないのでしょう?200万人以上子どもが生まれていた時代とは違うのに・・・。

 これまでの学校教育は、できるだけ多くの人数を、効率よく、同じ目標を達成するためにできた制度です。一人一人の良さや違いを受け入れる余裕がない中で、不登校・ひきこもりなどで苦しむ子ども達をたくさん生み出しました。

 もうこの制度を変える時期に来ているのではないでしょうか?一人一人の子ども達が主体的に学ぶ意欲を持てるような新しい制度が求められていると思います。

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