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認知的個性

 認知的な発達については、誰もが同じような成長過程をたどって、最終的には同じような認知構造を持つようになるとずっと思っていましたが、そうではないようです。人間が何かを認知するようになるには、その理解の仕方がそれぞれであり、到達する姿も多様であるそうです。最近読み始めた『認知的個性』のまえがきを読んで目から鱗でした。


 そう言われると、性格や気性など人それぞれで個人差があり、様々な特性があるのが人間なので、認知的な発達にも個人差や個性があるのは自然なことかもしれません。この認知的個性に注目して教育を受けることができれば、一人一人が自分の良さを活かし、苦手なことを補いながら学べるはずです。


 でも、日本の教育は画一的で、教育現場では決まった一つの方法や内容に子ども達が合わせなくてはいけません。現在の教育現場では認知的個性に合わせた指導をする余裕はなく、効率や教育制度や指導者側の都合が優先されてしまいます。


 認知発達の姿を単一なものと考え、学習をその到達基準・標準からみると、正常範囲に入る多数の子ども達とそこからはみ出る少数の子ども達がでてしまいます。日本には制度上まだ才能教育はないので、通常の教育を受ける子ども達と障害がある子ども達の二つに分けられて教育を受けることになります。


 正常範囲の中にぎりぎり入る子ども達の中には、学習についていけずに自分に自信が持てない子もいるでしょう。誰もがそれぞれの認知的個性に合わせた教育を受けることができれば、もっと学びたいという学習意欲が育つはずです。


 認知的発達は一様ではなく個性があるというのは私にとって新しい学びでした。見方を変えれば教育の方法は大きく変わり、誰もが主体的に学ぶことができると思います。保育園では、ずっと一人一人の興味や関心に合わせて保育を行ってきました。まさしく認知的個性に合わせて保育を行っているということだと思います。子どもは保育園で学ぶなかで劣等感を持つこともなく、人と比べることもなく、自分らしく成長できるのだと思います。これを小学校以降の教育にもっと活かして、誰もが自分の長所を伸ばす教育を受けられることが理想ではないでしょうか。



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